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第16回国際外傷歯学会(IADT)レポート

「外傷歯の予後に関する最新の概念」

5-D Japan ファウンダー : 福西 一浩

はじめに

第16回国際外傷歯学会(以下、IADTとする)が6月11日から13日までの3日間、イタリアのベローナで開催された。ベローナは、イタリアの北部に位置する人口27万人の都市で、北イタリアにおいてミラノ、ベネチアと並ぶ観光の一大拠点として知られている。シェークスピアの名作「ロミオとジュリエット」の舞台となったことでも有名であり、町の中央部にあるアリーナ(円形闘技場)はイタリア国内3番目の大きさを誇る。「高貴なる都市」とも呼ばれ、イタリアでも歴史のある、栄光に満ちた美しい町の一つに数えられている。そして、ベローナ大学の講堂を会場として学会は開催された。
IADTは1989年に設立され、近年では2年毎に世界各地で開催されている。前回の第15回大会が2008年に名古屋で盛大に開催されたことは記憶に新しいところである。2009年と2010年の2年間、月星光博先生が本学会の会長を務められることもあり、今回は、私を含め、日本からCEセミナーの卒業生たちが多数参加した。現在の外傷歯学がそれぞれの国でどのように理解され、今後どのような発展をしていくのかについて非常に示唆に富む、また興味深い講演に触れることができたので、その内容の一部を簡単に報告する。

(写真)大会のポスター:背景には、ベローナの代表的建造物である「アリーナ」が採用されている

初日

学会開催に先立って、6月11日(金)の午後2:00から、現学会長の月星先生によるプレコングレスコースが行われた。メイン会場の約半分を仕切って設営された会場はほぼ満席で、聴講者らは自家歯牙移植に関する約4時間の講演に熱心に耳を傾けた。自家歯牙移植の歴史から始まり、移植歯の治癒、移植成功のためのテクニック、適応症、移植後の予後成績という5つのコンテンツに分けての講演であったが、とくに先生自身の症例の長期的な成功率の高さには目を見張るものがあった。講演後も多くの人が列をなして質問をしている風景が、講演内容の素晴らしさを物語っていた。また、最近話題になっている歯胚再生の現状(東京理科大の辻先生らの研究)を詳しく解説され、大きな反響を呼んだことは日本人として誇りに感じた。

(写真)大会のポスター:背景には、ベローナの代表的建造物である「アリーナ」が採用されている

二日目

午前9:00より、大会長のDr. Giacomo Cavalleriの挨拶を皮切りにオープニングセレモニーが始まり、講演へと移行した。以下、講演順に内容と感想を列記する。
ハーバード大学のProf. V. Andreoliは、精神医学と神経学の権威であり、外傷を受けた患者の精神的ダメージをいかに緩和していくかといったメンタルケアについての講演を行った。一切スライドを用いない講演は圧巻であった。
Dr. A. Monariは、外傷歯の修復処置について講演を行った。外傷歯は若年者に多く、より保存的な修復が望まれる。ともすれば、高い審美性を得るために残存歯質を犠牲にしてまで大きな補綴修復を選択する風潮も見受けられるが、コンポジットレジンによる修復がいかに素晴らしいものであるかを多くの症例を通じて訴えた。近年のコンポジットレジンは、審美性と耐久性の向上により、外傷歯修復の第一選択になることを示していたのが印象的であった。

(写真)ポスター会場:昼食会場に隣接する廊下を利用したものであった。

イタリアの歯内療法専門医であるDr. N. Perriniは、外傷歯の正確な診断と治療計画についての講演であった。外傷を受けた直後に起こりうる様々な状況(歯、歯髄、歯根膜、骨)を正確に把握したうえで、緊急的処置として適切な治療を行うことが予後を大きく左右することを強調した講演であった。多くの外傷歯の症例を病理学的見地から解説し、外傷歯治療の国際的プロトコールつくりの必要性を強く訴えかけた。
引き続き、会員(タイ、イタリア、インド、イラン、エジプト)による一般講演が行われ、水酸化カルシウム製剤とMTAの比較や三種混合薬剤の応用など、薬剤関連の発表が多くなされた。その後、別会場でビュッフェ形式での昼食をとったが、ポスターセッションの会場が併設されており、多くの参加者との賑やかなディスカッションが繰り広げられた。今回の学会へは160以上の演題申し込みがあり、半日ずつの3部制でポスターセッションの振り分けが行われた。

午後は、Prof. M. T. Floresによる、小児における外傷歯へのアプローチの講演から始まった。成人と異なり、就学前の幼児や小、中学生時代に受けた外傷は、その後の精神的ケアを含めたフォローや、長期的観察中に起こりうる予期せぬ合併症への対応が非常に重要となる。とくに、乳歯列期における外傷は、少なからず後続永久歯に悪影響を及ぼし、いくつかの深刻な事態へと発展することも予想されるため、長期的な管理が大切であることが強調された。IADTでは、2007年に乳歯列期から永久歯列における外傷歯管理のためのガイドラインを発表し、国際的な問題として広くアピールしている。興味のある方は、是非、ホームページを参照して頂きたい(http://www.iadt-dentaltrauma.org)。
月星光博先生は、「歯科外傷歯学における歯科用コーンビームCTの有効性」と題した講演を行った。外傷歯への適切な処置を行う際に精密な診査と的確な診断が必要であることは言うまでもないが、その際に大きな威力を発揮するのがコーンビームCT(以下、CBCTとする)である。外傷直後と治療後の治癒の状態を正確に捉え、その正当性を客観的に判断するための機器としてCBCTが必要不可欠になってきていることを解説した。また、その応用は、外傷歯学にとどまらず、インプラントや歯内療法、歯周治療の分野にも広がり、CBCTがいかに有効であるかということを多くの臨床例を挙げながら説明した。コストや被曝への懸念の問題から、外傷歯診断における世界でのゴールドスタンダードになるにはもう少し時間がかかるかもしれないが、必ず近い将来には必要な機器として認識されることを予見させるものであった。

(写真)月星先生によるCBCTの講演:外傷歯の初診から治癒までをCBCTにてドキュメントした講演は他に類をみない

2日目の最後は、Dr. L. Anderssonによる、外傷を受けた患者を取り巻く社会的環境についての講演であった。世界的に見た口腔外傷の頻度やそれに要する治療費、また年齢層による違いなどに関して、統計処理に基づいた詳細なデータが公表された。とくに、外傷歯の予後は、外傷を受けた場所とその直後に受けた治療により大きく左右されることが強調された。現状では、受傷直後の治療の多くが専門外の歯科医師によって行われるため適切なものとは言えず、医科との連携も含めたガイドラインを充実させることの必要性を強く訴えるものであった。
このように2日目の素晴らしい講演が終了した後、昼食会場と同じ場所で懇親会(Welcome dinner party)が催された。月星先生の提案で、日本からの女性の参加者は浴衣姿で参加し、世界各国の多くの人たちの目を楽しませたことは良い想い出となった。

(写真)Welcom dinner party前の記念撮影(滞在ホテル前にて):浴衣姿の注目度は抜群であった

三日目

学会最終日の午前中は、Prof. L. K. Barklandによる外傷歯における歯内療法についての講演から始まった。彼は、ロマリンダ大学で歯内療法学の教鞭をとっており、MTAの開発者のひとりであることは皆が知るところである。今回、多くの外傷歯症例の中でMTAをいかに応用し、その予後が素晴らしいものであるかを力説された。
Prof. K. Hargreavesは、近年のトピックスである歯髄再生を取り上げ、ティッシュエンジニアリングによる幹細胞からの歯髄再生の可能性について、現時点での研究を中心に解説を行った。この分野はまだまだ未知なることが多く、なすべき課題が山積しているとしたうえで、最新のデータを基に、臨床応用の可能性を示唆した内容は非常に興味深いものであった。今後の研究に大いに期待したいと感じた。
Prof. L. Sennerbyの講演では、外傷後の歯の喪失に対してインプラントをいかに応用するかというテーマで問題提起がなされた。外傷による歯の喪失の特徴は、一般的に若年者の上顎前歯部、つまり審美領域に起こることが多いため、成長期におけるインプラント埋入が適用できない症例も少なからずある。将来、インプラント治療を計画する場合に、歯を喪失した際の抜歯窩のマネージメント(硬組織、軟組織)が非常に重要な役割を担う。本講演では、患者の成長に関連した審美と機能の回復に焦点をあて、インプラント治療の介入まで、また介入時における様々な注意点を解説するものであった。その後、会員(スウェーデン、オーストラリア、イタリア、ブラジル、UK、イラン)による一般講演が行われ、昼食となった。
午後の最初の講演として、Prof. P. F. Nociniは重度の外傷後の処置について述べた。彼は顎顔面外科の専門医であり、スポーツ外傷や交通事故での外傷を始めとする顎顔面に骨折を伴う広範囲にわたる治療について、数多くの症例を供覧しながら解説を加えた。我々一般開業医には手に負えない症例ばかりであったが、治療後の顎顔面が見事に再建されたケースの数々には圧倒された。
恒例として、学会最後の講演者はDr. J. O. Andreasenであった。本学会の初代会長であり、移植・外傷歯学の世界的権威であることに異論を唱えるものはいない。今回は、外傷後に起こる様々な合併症を予見することができるかといった非常に興味深い内容の講演であった。講演途中にパソコンが故障するアクシデントがあったにもかかわらず、最後まで全聴講者を魅了し、圧倒する講演は見事なものであった。3,900本の外傷歯(乳歯、永久歯)を長期的に観察し、分析した結果、将来起こりうる合併症について予知することが可能であることが示された。この詳細に関しては、インターネット上で公開されている。是非、http://www.dentaltraumaguide.orgにアクセスされたい。

おわりに

Dr. J. O. Andreasenが中心になって外傷歯学は大きな発展を遂げ、IADTからは今や世界に向けて多くの情報が発信されるようになってきた。その一方で、現在でも多くの国で間違った診断と治療のもとで多くの歯が抜髄され、抜歯に至っている現実があることもよく理解できた。そんな中、この学会に参加して改めて感じたことは、日本の外傷歯学は決して世界に遅れを取っていないということであり、やはり月星先生の症例のクオリティー、長期フォローアップの数、考察の鋭さなどは世界のトップレベルにあるということであった。
次回の第17回IADTは、2012年9月20日-22日、ブラジルのリオデジャネイロで開催される。興味のある先生方は、是非参加されることをお勧めしたい。